12月24日、25日にはクリスマス(イブ)ミサが開かれます。24日の日中にやっているところもありましたが、本番は24日の夜に行われるものと、25日に行われるものです。
各教会で行われていると思いますが、マドレーヌ寺院やノートルダム大聖堂などの有名な教会でも行われています。各教会のウェブサイトを見に行くと、ミサの時間が書かれているのでチェックできます。トップページは英語でも、コンテンツを掘って行くとほとんどフランス語のことが多いので分かりにくいですが、たとえばノートルダム大聖堂のウェブサイトでは2010年2月25日の予定としてChristmas Mass(フランス語ではMesse de Noël)というのがあります。
24日の夜中のミサも興味はありましたが、疲れて眠かったのと、夜中に電車が動いているのか、夜中のタクシーは安全なのか、不安があったので行きませんでした。旅行中は頑張りすぎないことも大切です。
そこで、25日の日中に行われているクリスマスミサに参加することにしました。各教会のクリスマスミサの時間をチェックして、時間がちょうど良かったノートルダム大聖堂のクリスマスミサに参加することにしました。
(ノートル大聖堂で)『クリスマスミサに参加する』には2通りあります。
一つ目は、ミサ中も観光客の出入りを規制することはないのでミサの時間帯に訪問して、ミサの声を聞きつつ観光する方法。この場合、ミサの中心部には入れませんが、写真を撮ることや途中での退出も自由です。雰囲気だけ味わって気軽に参加できます。
もう一つは、椅子に座ってまさにミサに参加する方法です。観光ではないですし、ミサ中に話したり写真を撮ったりするのは失礼なのでやってはいけません。
私はクリスチャンではないですが、ミサに興味があったので後者の方法で参加しました。冷やかしのつもりはありませんでしたが、入るときに引き止められたら諦めようとおもっていました。特に信仰を確かめられることはありませんでしたが、信者ではないので、後ろの方に座りました。
誤算は、当たり前ですが、すべてフランス語だったことです。これまでホストファミリーに連れられて行ったり、ミサには何度か参加していますが、いつも英語でした。なので、何が起こっているのか分かって状況に合わせて行動することができたのですが、フランス語なので一体今何をやっているのか分からず、最も参加しやすい歌も、全部フランス語なので歌えませんでした。プログラムも読めず、ほとんどの時間、訳も分からず周囲に倣っているだけになってしまったことは申し訳なかったなと思いました。
かと言ってミサに参加したことは後悔していません。ミサの終盤、周囲の人と「Merry Christmas」と言って握手しました。初めて、本物のMerry Christmasに触れた気がしました。
日本のほうが時間が早いので、日本の友達から「メリークリスマス!」というメッセージをたくさんもらい、私も「メリークリスマス!」と返していました。それは今日がクリスマスだからという理由で発せられるだけの記号のようなもので、自分も返さないと挨拶もできない人のような気がするというだけの理由で言っていることに違和感があり、あまり好きじゃないな〜と思っていました。
でもミサの終わりに周囲の見知らぬ人と交わした「Merry Christmas」は、今日という日を本当に祝っている言葉だと感じられ、知り合いと交わすメリークリスマスよりよっぽど繋がりを感じました。
本物のMerry Christmasに触れたというより、クリスチャンの方々の信仰に触れたと言った方がいいかもしれません。
信仰を同じくしない私が参加したことに賛否両論はあるかと思いますが、私にとっては非常に意味のある体験で、参加させてもらえてとても良かったです。
ちなみに、説教してくださった方も「Merry Christmas」と言っていたのですが(そこだけ分かった)、日本のカタカナ語のような感覚なんでしょうか?
※これは2010年に私が参加した場合の話なので、観光地以上に人・年による差があると思います。
一つ目は、ミサ中も観光客の出入りを規制することはないのでミサの時間帯に訪問して、ミサの声を聞きつつ観光する方法。この場合、ミサの中心部には入れませんが、写真を撮ることや途中での退出も自由です。雰囲気だけ味わって気軽に参加できます。
もう一つは、椅子に座ってまさにミサに参加する方法です。観光ではないですし、ミサ中に話したり写真を撮ったりするのは失礼なのでやってはいけません。
私はクリスチャンではないですが、ミサに興味があったので後者の方法で参加しました。冷やかしのつもりはありませんでしたが、入るときに引き止められたら諦めようとおもっていました。特に信仰を確かめられることはありませんでしたが、信者ではないので、後ろの方に座りました。
誤算は、当たり前ですが、すべてフランス語だったことです。これまでホストファミリーに連れられて行ったり、ミサには何度か参加していますが、いつも英語でした。なので、何が起こっているのか分かって状況に合わせて行動することができたのですが、フランス語なので一体今何をやっているのか分からず、最も参加しやすい歌も、全部フランス語なので歌えませんでした。プログラムも読めず、ほとんどの時間、訳も分からず周囲に倣っているだけになってしまったことは申し訳なかったなと思いました。
かと言ってミサに参加したことは後悔していません。ミサの終盤、周囲の人と「Merry Christmas」と言って握手しました。初めて、本物のMerry Christmasに触れた気がしました。
日本のほうが時間が早いので、日本の友達から「メリークリスマス!」というメッセージをたくさんもらい、私も「メリークリスマス!」と返していました。それは今日がクリスマスだからという理由で発せられるだけの記号のようなもので、自分も返さないと挨拶もできない人のような気がするというだけの理由で言っていることに違和感があり、あまり好きじゃないな〜と思っていました。
でもミサの終わりに周囲の見知らぬ人と交わした「Merry Christmas」は、今日という日を本当に祝っている言葉だと感じられ、知り合いと交わすメリークリスマスよりよっぽど繋がりを感じました。
本物のMerry Christmasに触れたというより、クリスチャンの方々の信仰に触れたと言った方がいいかもしれません。
信仰を同じくしない私が参加したことに賛否両論はあるかと思いますが、私にとっては非常に意味のある体験で、参加させてもらえてとても良かったです。
ちなみに、説教してくださった方も「Merry Christmas」と言っていたのですが(そこだけ分かった)、日本のカタカナ語のような感覚なんでしょうか?
※これは2010年に私が参加した場合の話なので、観光地以上に人・年による差があると思います。